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August 07, 2002
「羅生門」
いざとなったら、私は他人の食べ物を奪ってでも生き延びていくよ。
(五木寛之:「世界漂流」)
或る日の暮れ方のことである。一匹の黒白のねこが車の下で雨が上
がるのを待つてゐた。そこに別の白ひねこが雨宿りのために潜り込
んできた。毛は雨に濡れており、車の跳ね返りの泥を浴びて白ひ四
本の足とも茶色に汚れてゐた。
最初からゐたねこは後から来たねこのために場所を空けてやり、そ
れでもなほ降り止まぬ雨空を眺めてゐた。車の下で二匹のねこが雨
宿りを始め小一時間ほどたつたとき、最初からゐたほうのねこは後
から来たねこの口にちくわがくわへられてゐるのを目に留めた。
「それはちくわかい。」最初からゐたねこが後からきたねこにたずねた。
「ああ、さつき魚屋を襲撃したのさ。」と後からきたねこが言つた。「四、
五匹で一度に魚屋を襲つて主人が慌てふためひてゐるときに、皆其々自
分が欲しひと思ふものを盗んで逃げたのさ。」
「ああ、さうかい。しかし魚屋の主人には気の毒したねえ。魚を売つて
一家を支へてゐるんだらふ?」と最初からゐたねこが尋ねた。
「けっ、この不景気で我々ねこだつて食ふものに困つてゐるんだぜ。こ
うでもしなけりゃ、我々ねこは生き延びることだつてできやしないのさ。」
としたり顔で後から来たほうのねこが言つた。
「不景気ねえ。確かに昨今グロオバリズムとやらに飲み込まれて我々庶
民の生活は以前より不自由になつたやうな気がするねえ。」と最初のねこ。
「さうともさ。だから我々ねこは生き延びるために人様のものだつて横
取りしなけりゃいけないと言ふわけさ。」と後のねこ。
「さうだねえ。今の世の中奇麗事なんか言つてはゐられないんだねえ。」
「さうさ。生き延びるためには何だつてありだからな。だからいつ何時
でも横取りされる奴が悪ひのさ。
「きっと、さうか。」と最初のねこは言つて、後のねこにねこパンチを食
らわせた。「うわっ、何をする。」後のねこは不意をつかれてくわえてゐ
たちくわを足元に転がしてしまつた。さらに最初のねこは今度はねこキ
ツクを2発最初のねこにお見舞ひした。「うぐっ、むむむ。」後からきた
ほうのねこは腹を押さへてうずくまつた。その隙を逃さず、最初のねこ
はちくわをくわえて外へ走って行つた。外には唯、黒洞々たる闇がある
ばかりである。
最初のねこの行方は誰も知らない。
投稿者 nekoyama : August 7, 2002 05:51 PM