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March 01, 2003
超長編大河小説 リアリスティック・ザサエさん その5
ほんの小さなことが先に行ってとてつもなく大きな意味を持ち始めることだってない訳で
はないのだ。(「土の中の彼女の小さな犬」:村上春樹)
やあ、僕ねこ山。
今回もタマから送られてきた情報を元にイゾノ家の現状を伝えよう
と思う。
ナビヘイがブネに暴力をふるい、イゾノ家を飛び出してから既に一
週間が経とうとしていた。ナビヘイは家に帰ってくる気配も見せず、
実質的にイゾノ家の生活はマズオ一人の収入にかかるようになって
いた。しかし、マズオも若い女性との逢瀬にうつつをぬかし、会社
を無断欠勤しつづけ、減給はおろかクビになる可能性もはらんでい
た。表向きは模範的な平和な家庭であるイゾノ家も中は崩壊寸前だ
ったのである。
この日も、イゾノ家で新たな事件が勃発した。その日は土曜日で、
ガツオ、ナビヘイを除くイゾノ家のみんなが家にいた。昼の一時ご
ろ、イゾノ家の電話が突如家庭内の静寂を乱した。その電話の鳴る
音はイゾノ家にこれからふりかかる新たな災難を予兆するのに十分
な不気味さであった。「はいはい、今でますよ。」と言ってブネが受
話器を取った。ブネの顔には先日ナビヘイからDVを受けたときの
青あざがまだ残っていた。「はい、はい、そうですが、えっ、おりま
すけれども…、どちら様で…、そんな大きな声で怒鳴らなくたって…、
一体どのようなご用件で…、えっ?!500万!?何かの間違いじゃ…、
えっ、間違いない?保険証のコピーもある?はい、はい…、少々お待
ちください…、ザサエ!電話ですよ!ニコニコ金融ってところから。」
そうブネが言うとザサエの顔からサァっと血の気が引いた。そして
ブネから奪い取るように慌てて受話器を受け取ると廊下に正座して
電話口の相手に土下座をし始めた。「はい…、はい、間違いなく、ええ、
一両日中には…、ええ、そんな、逃げようなんて…、はい、はい、
申し訳ありません。それでは…」と言って、ザサエは受話器を置いた。
「ザサエ、一体誰なんだい?しかも500万って・・・」ブネが不安そう
にザサエに尋ねる。「実は・・・」とザサエは重たそうに口を開いた。
ザサエの説明によれば事の次第はこうである。ナビヘイがいなくな
り収入がなくなった後も贅沢三昧を試み、ザサエはまず貯金を崩し
にかかった。しかしそれも底をつき、次にア○フルやア○ムと言っ
た大手消費者金融から借金をし始めた。その際、自分が必要とする
以上の額を借りられるということが分かったザサエはさらに贅沢を
しようと余分に借金をするようになったのである。収入も貯金もな
くもともと返す当てのない借金だったからそれが大台を越えるまで
にはそうかからなかった。その後大手消費者金融は今はやりの店舗
を置かない090金融からの融資を受けるようザサエにもちかけ、こ
れら金融機関の怖さを知らないザサエは何の抵抗もなく借金をし、
それが雪だるま式に増えて半年も経たずに500万円を超える借金を
こさえてしまったのである。この事実を聞いた家族一同は愕然とし
た。今思えばマズオは会社に、ワガメは学校にこれらの金融機関か
ら電話がかかってきていたようだと言った。しかし、身に不貞の覚
えのある彼らはこれらの電話に居留守を使っていたのである。
「どうして早く言わなかったんだい?」とブネ。「僕も会社から借
りれたかもしれないのに。」とマズオ。しかし、無断欠勤を続けて
いるマズオにはこの時点で会社からの金策は不可能であった。「あ
たしも、パパから・・・」と言いかけたワガメは「なんでもない。」と
言って口をつぐんだ。しばらくの間イゾノ家の食卓には重い沈黙が
続いた。「あたし・・・」とやっとザサエが口を開いた。「自己破産を
しようと思うの。」自己破産。その言葉を聞いたみんなは一様に驚
いた様子を見せた。特にブネは自己破産という言葉に至極悪いイメ
ージを持っていた。「そんなことするんじゃありません!」とすごい
剣幕で怒りだすブネ。「そんなことしたらあんた、戸籍に傷がついて
地区の掲示板にも掲載されてみんなから後ろ指を指されるのよ!」
もちろんこれはブネが自己破産に対する勝手なイメージであり、そ
んな事実は全くないのであるが一般人の自己破産に対するイメージ
の最大公約数的な表現である。「そうよそうよ!私ももう学校に行け
ないわ!」とワガメ。「ザサエぇ〜、それだけはやめてくれよ〜。」
とマズオ。そしてまた重い沈黙が食卓を覆った。
「こうなったら・・・」とブネが口を開いた。「一家心中しかないわ。」
「ええーっ!」とみんなが驚嘆の声をあげる。「い、一家心中って、
一体どうやって?」とワガメ。「灯油を撒いて火をつけるんですか?」
とマズオ。「そんなことしたらご近所さんに迷惑がかかっちゃう!」
とワガメ。「首をつるったって、うちの庭にはそんな太い枝はないし
なぁ〜。」とマズオがのん気なことを言う。「じゃあ、一体どうする
のよ!?」と自分の非を棚にあげてザサエが興奮しまくる。「逃げよ
う・・・」とブネがポツリと言った。「それしか方法はないわ。」現実的
には自己破産が最も妥当な解決方法なのであるが、動揺と固定観念に
がんじがらめになったイゾノ家にとっては夜逃げという解決法が最
善であるという結論に落ち着いた。
「そうと決まればすぐに準備にかかるのよ!」とブネ。するとみん
な慌てて自分の部屋へ戻り着替えや現金をかばんに詰め込み始めた。
「決行は今夜よ!」とブネが大きな声で叫んだ。その言葉を背に一
心不乱に夜逃げの支度にかかるイゾノ家の姿があった。
そしてその夜、イゾノ家はもぬけの殻となった。庭にはタマとガツ
オの小屋が北風に吹かれながら並んで佇んでいた。そしてそのイゾ
ノ家の前に坊主頭の男が立っていた。その男は5分ばかりイゾノ家
を眺め、満足げにうなずきながらコートの襟を立てて、タバコに火
をつけた。そして一口深く吸い込んだ煙を吐き出すと、「さあ、行こ
うか。」と隣にいた白猫に声をかけ、冬の夜道を歩いて去っていった。
投稿者 nekoyama : March 1, 2003 06:28 PM