« February 2003 | メイン | April 2003 »
March 30, 2003
超長編大河小説 リアリスティックザサエさんその8
みんなが幸福になり、快楽を得なければならないという嘘を信じる
のは苦痛だ。(村上龍:「愛と幻想のファシズム」)
やあ、僕ねこ山。
イゾノ家に関するタマからの情報によればそろそろ結末が近いらし
い。これはその最新の情報である。
ガツオに対する虐待、マズオの不倫、ワガメの援助交際、ナビヘイ
のDV、ザサエの多重債務、ブネのキッチンドランクと現代の社会問
題のオンパレードであるイゾノ家はすでに崩壊寸前であった。その中
で一人だけこれらの社会の諸悪にまみれていないと思われる人物がい
た。それがダラちゃんである。家族にふりかかるこれらの事件の際に
なぜかダラちゃんだけ被害をこうむっていないのである。これについ
て新たな真相が判明した。
イゾノ家は古きよき時代の日本の名残をとどめる典型的な昭和時代の
家族である。しかし、この家族も時代が21世紀にもなると社会の実
情との間にひずみができ始め、既成のシステムにしがみつき、柔軟か
つダイナミックな改革を行ってこなかったイゾノ家はここ数年のドラ
スティックな社会の変化に全くもって対応ができなくなっていた。し
かも、古い価値観をいつまでも持ち続けているが故に現代の諸問題に
振り回されつづけていたのである。
小倉のとある極悪非道な組織の事務所で、一人の坊主頭の少年と一匹
の白いねこが組織のボスと面談していた。そう、その組織は言わずと
しれた悪の巣窟F○.であり、その少年とねこが会っていたのは、○U.
のボスであるK寺氏であった。木○氏率いる○U.は表向きはフォトス
タジオを名乗りながら、裏では世界征服を企む悪の秘密結社である。そ
してF○.は手始めに日本の原風景たるザサエさん一家を崩壊させるこ
とにより、日本人の心のよりどころをなくしてしまおうとしていたのだ。
「作戦はどうですかな?」とK寺氏が坊主頭の少年に尋ねた。「非常に
うまくいってますよ。あと一息と言ったところですな。」と坊主頭の
少年が答えた。「いよいよあなたの復讐も最終章と言ったところです
かな?」と木○氏。「これで古きよき日本は姿を消してしまいますな。
あれは昭和の残骸ですからなあ。」と少年はその坊主頭を右手でなで
た。「いやまったく。お若いのにちゃんと理解してらっしゃる。義理だ
とか人情だとか、我々はああいうのは好かんのですよ。これからはグ
ローバリズムですよ、グローバリズム。金だけが世の中の全てです。
現代社会には人と人とのふれあいなんぞありえません、そんなものは
幻想です、存在しないんですよ。ドライな資本主義経済があるだけで
す。それで十分なんですよ。」とK寺氏はジタンを一本取り出してライ
ターで火をつけた。「そのとおりですな。それを分かってない連中が多
すぎる。そういう連中は結局時代の荒波に飲み込まれて行くんですよ、
イゾノ家みたいに。」と坊主頭の少年はコーヒーを飲み干し、「それで
は私は最後の仕事がありますので。」と言って立ち上がった。「やあ、
これはおかまいもしませんで。ではお気をつけて。くれぐれも油断な
さらぬよう。何事も詰めが大事ですからな。」とK寺氏はジタンをもみ
消して坊主頭の少年を入り口まで見送った。「ではこれで。」と言って
○ U.から出てきたその坊主頭の少年はなんとダラちゃんであった。そ
○ してその傍らの白い猫はタマだったのである。
ダラちゃんは、経済優先・拝金主義にまみれた現代社会に生まれ育ち、
短絡的に金をつかもうとする世の中の影響をもろに受けていた。しか
も小さいころから金で機嫌をとられていたので金を中心に世界を考え
るようになっており、金のためなら家族の命すら軽んじるようになっ
てしまっていたのである。そして金だけが世界の中心となってしまっ
たダラちゃんは挙句の果てにイゾノ家のみんなに保険金をかけ、その
受取人を自分にしてみんなを自殺に追い込もうとしていたのである。
翻ってF○.のK寺氏は世界制服の第一歩として、現代社会の暗部を
巧みに利用し、古きよき時代の家族ひいては日本という国家を破壊し
ようとしており、この大きなパラダイムシフトのどさくさにまぎれて
国家の中枢に入り込もうとしていた。そしてこの二人の利害が一致し、
イゾノ家の家族はまんまと罠にかかってしまったのである。
投稿者 nekoyama : 06:31 PM
March 14, 2003
超長編大河小説 リアリスティックザサエさんその7
幸せな家庭の姿というのは大体みんな同じだが、不幸な家庭の姿は
それぞれに全部違う。(トルストイ)
やあ、僕ねこ山。
数々の問題が勃発している最中のイゾノ家であるが、そのイゾノ家
もいよいよ最終段階へ突入しようとしていた。
ナビヘイは家を飛び出して以来、公園で寝起きをするようになって
いた。その公園にはすでにホームレスのヒエラルキーが確立されて
おり、いかに以前一家の長であったナビヘイと言えどもここでは単
なる使いっ走りであった。その日もナビヘイはホームレス仲間から
コンビニで菓子パンとジュースを万引きをしてくるように命令され
てとぼとぼと近所のセ○ンイレブンに向かっていた。その道の途中、
橋の上でふと立ち止まったナビヘイは橋の下を流れる川に眼を向け
た。ナビヘイには帰るところもなかった。寒さをしのぐために公園
で寝ようとすれば前からいたホームレスたちの奴隷として生きてい
かなければならない。自分はもう生きていてもしようがない。そう
考えたナビヘイは無意識のうちに橋の欄干に登ろうとした。
その日マズオがいつものように会社の帰りにアルバイトの女性と食
事をしているとき、その女性が奥さんと別れて自分と結婚してほし
いと言い出した。突然のこニに唖然としたマズオはちょっと待って
くれと言ったが、彼女は逆上して、今からマズオの家に行って家族
に自分たちのことを洗いざらいぶちまけると言って店を飛び出した。
マズオは慌てて後を追おうとしたが、店員につかまり会計をさせら
れ彼女を見失ってしまった。もう間に合わない。家路をとぼとぼと
歩きながらマズオは考えていた。今夜家に帰れば家族のみんなから
不貞を責められ、ガツオみたくリンチを受けるのは間違いない。マ
ズオは婿養子で立場はガツオと同等で家族の中では最下位であった。
もう家には帰れない。かと言って他に行くところもない。そう考え
ながらマズオは無意識のうちに会社に戻り、屋上へ出ていた。もう
自分は生きていてもしようがない。あの時、イゾノ家に婿養子に来
たのがそもそもの間違いだったんだ。風呂はいつも最後。給料はイ
ゾノ家に没収され、小遣いは月500円。しかも自分の居場所すらな
い。いつも居間の隅でイゾノ家の連中に愛想笑いをふりまくのが関
の山だった。もうこんな生活は終わりにしよう。マズオは屋上の柵
に足をかけた。
その日ワガメが学校へ行くと、自分の下駄箱の中に封筒を見つけた。
なんだろうと思って、中身を取り出すと、一枚の手紙と写真が数枚
入っていた。その写真は全てワガメがパパと天神の繁華街を腕を組
んで歩いている写真であった。そして手紙にはワガメの秘密を学校
と家族にバラすと書いてあった。ワガメの膝がガクガク震えだした。
そしてその写真と手紙を握りしめたまま、学校を飛び出した。もう
みんなにバレている。どうしよう。もう学校へは行けない。家にも
帰れない。そう考えながらワガメは遮断機が降りてカンカンと鳴っ
ている踏み切りの前まで来ていた。死ねばいいんだ。そう考えたワ
ガメは遮断機を乗り越えようとした。
その日もザサエは090金融から借りた金でブランド物を買いに天神
まで来ていた。そして岩田屋で服を物色していたとき、後ろから腕
をつかまれた。「やっと見つけましたよ、奥さん。」ザサエはおそる
おそる振り向いた。するとそこには東京で金を借りて返さずに逃げ
てきた消費者金融の営業マンが不敵な笑みを浮かべながら立ってい
た。もちろんザサエの腕を固くつかんで離そうとしない。「さあ、事
務所まで来てもらいましょうか、奥さん。」と男がザサエの腕を引っ
張った。その瞬間、「誰かぁー、助けてぇー!!泥棒!!」とザサエ
が叫ぶと買い物客が一斉に振り向いた。そして警備員が駆けつけてき
て営業マンを取り押さえた。その隙をついてザサエは男の腕をふりほ
どき、屋上まで逃げた。見つかってしまった。もうだめだ。家の住所
も分かっているに違いない。家に帰ってもその前で捕まって事務所に
連れて行かれる。そしてドラム缶に詰め込まれて東京湾に突き落とさ
れるんだ。そう考えながらザサエは震えがとまらなかった。どうせつ
かまるくらいなら・・・。そう思ったザサエは無意識のうちに屋上の手す
りから身を乗り出した。
その頃家ではブネが酒の配達を待っていた。しかし、いつもの時間
を過ぎてもザブちゃんはやってこない。一時間がすぎ、二時間がす
ぎた。家にはもうアルコールは一滴たりとも残っていない。手が震
えだした。ついに禁断症状があらわれたのだ。酒を買いに行く金も
ない。ブネは居間でのたうちまわった。苦しさのあまり壁にもたれ
かかると、突然その壁が溶け始め、天井が崩れだした。崩れ落ちた
天井の上から何千匹というムカデが落ちてきた。「ウギャーッ!!」
ブネはついに幻覚を見始め、近くにあった椅子で家の中を手当たり
次第に破壊し始めた。それでもムカデはブネに迫ってくる。「ヒィー
ッ!!」ブネは玄関からはだしで飛び出した。そしてわき目も振ら
ずに走り大通りの交差点に差し掛かったとき、右のほうからものす
ごいスピードでクラクションを鳴らしながらダンプが突っ込んできた。
投稿者 nekoyama : 06:30 PM
March 07, 2003
超長編大河小説 リアリスティックザサエさん その6
年をとればとるだけ大人になると思っていた。そうして大人になれば世の中は
ぐんと秩序だってくるのだろうと。(江國香織:「流しの下の骨」)
やあ、僕ねこ山。
イゾノ家が夜逃げを決行した後も追跡調査を続けたタマからの情報
をここに提供してみようと思う。
ガツオ、ナビヘイが失踪した後、追い討ちをかけるようにザサエの
多重債務が発覚したイゾノ家がブネの提案で着の身着のまま夜逃げ
をしたところまでは伝えた。その後イゾノ家(ブネ、ザサエ、マズ
オ、ワガメ、ダラちゃんそしてタマ)はイゾノ家の本来の地元であ
る福岡市内のとある3DKの一戸建ての借家に居を落ち着けていた。
実はこの借家は僕の家からそう遠くないところにあるのだが、詳細
を語ると「ねこ山日記」の読者から090金融の取立て担当者に情報
が流れてイゾノ家が危機的状況に陥るので、ここには詳しく書かな
いことにする。
夜逃げからすでに1ヶ月が経とうとしていた。マズオは東京の会社
を退職し、地元のしょぼい会社で経理担当として安月給でこき使わ
れていた。そしてやはり会社のアルバイトの女性と逢引を重ねるよ
うになっていた。ワガメは近くの小学校へ転校届を出して通い始め、
ぼちぼち友達もでき始めていて、これもやはり友達に紹介された中
年のおやじと一緒に遊んで小遣いを定期的にもらっていた。ザサエ
は見知らぬ土地に来たのをいいことに家族の目を盗んで再び090金
融から借金をこしらえ始め、これらの闇金のいいカモになりつつあ
った。そうした短絡的方法でこしらえた金を湯水のように使い、ダ
ラちゃんを連れて毎日天神へ買い物に出かけるのであった。
その日もみんながそれぞれ出かけた後、一人になったブネはやおら
台所へ行き、流しの下に隠しておいた日本酒を取り出してグラスに
ついで一気に飲み干した。最初はコップに4分の1ほどの調理酒を
3時間ぐらいかけて飲んでいたのであるが、最近では3日に一升のペ
ースで日本酒を消費していた。しかも、配達の営業にきた近所の酒
屋から様々な種類のアルコールを買っては飲んでしまい、その空ビ
ンも巧妙に始末していた。
「ちわーっ、ミガワヤでーす!」と今日も元気のいい声が聞こえ、
勝手口からいつもの酒屋の配達の青年ザブちゃんが顔を出した。時
刻は10時半になろうとしていた。「今日は何に致しましょう?」と
屈託のない顔でブネの前にズラリといろんな種類のビンを並べた。
日本酒はもちろん、ウィスキー、バーボン、テキーラ、ラム、ジン、
ウォッカ、ワイン等ありとあらゆるアルコール類がブネの前に並べ
られた。「そうねえ、今日はこれをもらいましょうか。」といってブ
ネはウォッカを手に取った。ここ一ヶ月毎日大量のアルコールを摂
取し続けているブネは生半可なアルコール度数では酔わなくなって
しまっていたのである。「ありがとうございます!じゃあ、今月のお
代につけときますんで。」と言って、メモに「イゾノさん、ウォッカ
一本」と書き加えた。「毎度ありー!」と威勢良くミガワヤのザブち
ゃんはバイクに乗って去っていった。ブネは早速ウォッカのふたを
開け、それをグラスに半分ほどついで一気に飲み干した。
その日の夕方、中洲のとあるバーで坊主頭の男が静かにバーボンを
飲んでいた。そこへ一日の仕事を終えたミガワヤのザブちゃんがや
ってきて、その男の隣に腰をおろした。そしてウィスキーの水割り
を注文すると、「こんなもんでいいんスか?」と坊主頭の男に尋ねた。
「ああ、上出来だよ。」と坊主頭。そして懐から財布を取り出して、
その中から福沢諭吉を10枚ほどカウンターの上においた。「少ない
けれどとっておいてくれ。」と坊主頭の男が言うと、「ええっ、こん
なにもらっていいんスか?」とザブちゃんは驚いた顔で言った。「あ
あ、君がやってくれた仕事を考えると安いもんだよ。」と坊主頭の男。
「気にせずにとっといてくれ。」と言って2人分の勘定を済ませると
タバコに火をつけてから「じゃあまた連絡するよ。」と言ってバーか
ら出て行った。「毎度ありー!」とザブちゃんが男の後ろから聞こえ
た。男が外に出ると、客引きのチンピラやうだつのあがらないサラリ
ーマン、そして田舎から出てきたばかりの濃い化粧をした若い女性
などが各々の欲望のためにうごめいており、九州随一の繁華街はま
だまだ眠る様子はなかった。
投稿者 nekoyama : 06:29 PM
March 01, 2003
超長編大河小説 リアリスティック・ザサエさん その5
ほんの小さなことが先に行ってとてつもなく大きな意味を持ち始めることだってない訳で
はないのだ。(「土の中の彼女の小さな犬」:村上春樹)
やあ、僕ねこ山。
今回もタマから送られてきた情報を元にイゾノ家の現状を伝えよう
と思う。
ナビヘイがブネに暴力をふるい、イゾノ家を飛び出してから既に一
週間が経とうとしていた。ナビヘイは家に帰ってくる気配も見せず、
実質的にイゾノ家の生活はマズオ一人の収入にかかるようになって
いた。しかし、マズオも若い女性との逢瀬にうつつをぬかし、会社
を無断欠勤しつづけ、減給はおろかクビになる可能性もはらんでい
た。表向きは模範的な平和な家庭であるイゾノ家も中は崩壊寸前だ
ったのである。
この日も、イゾノ家で新たな事件が勃発した。その日は土曜日で、
ガツオ、ナビヘイを除くイゾノ家のみんなが家にいた。昼の一時ご
ろ、イゾノ家の電話が突如家庭内の静寂を乱した。その電話の鳴る
音はイゾノ家にこれからふりかかる新たな災難を予兆するのに十分
な不気味さであった。「はいはい、今でますよ。」と言ってブネが受
話器を取った。ブネの顔には先日ナビヘイからDVを受けたときの
青あざがまだ残っていた。「はい、はい、そうですが、えっ、おりま
すけれども…、どちら様で…、そんな大きな声で怒鳴らなくたって…、
一体どのようなご用件で…、えっ?!500万!?何かの間違いじゃ…、
えっ、間違いない?保険証のコピーもある?はい、はい…、少々お待
ちください…、ザサエ!電話ですよ!ニコニコ金融ってところから。」
そうブネが言うとザサエの顔からサァっと血の気が引いた。そして
ブネから奪い取るように慌てて受話器を受け取ると廊下に正座して
電話口の相手に土下座をし始めた。「はい…、はい、間違いなく、ええ、
一両日中には…、ええ、そんな、逃げようなんて…、はい、はい、
申し訳ありません。それでは…」と言って、ザサエは受話器を置いた。
「ザサエ、一体誰なんだい?しかも500万って・・・」ブネが不安そう
にザサエに尋ねる。「実は・・・」とザサエは重たそうに口を開いた。
ザサエの説明によれば事の次第はこうである。ナビヘイがいなくな
り収入がなくなった後も贅沢三昧を試み、ザサエはまず貯金を崩し
にかかった。しかしそれも底をつき、次にア○フルやア○ムと言っ
た大手消費者金融から借金をし始めた。その際、自分が必要とする
以上の額を借りられるということが分かったザサエはさらに贅沢を
しようと余分に借金をするようになったのである。収入も貯金もな
くもともと返す当てのない借金だったからそれが大台を越えるまで
にはそうかからなかった。その後大手消費者金融は今はやりの店舗
を置かない090金融からの融資を受けるようザサエにもちかけ、こ
れら金融機関の怖さを知らないザサエは何の抵抗もなく借金をし、
それが雪だるま式に増えて半年も経たずに500万円を超える借金を
こさえてしまったのである。この事実を聞いた家族一同は愕然とし
た。今思えばマズオは会社に、ワガメは学校にこれらの金融機関か
ら電話がかかってきていたようだと言った。しかし、身に不貞の覚
えのある彼らはこれらの電話に居留守を使っていたのである。
「どうして早く言わなかったんだい?」とブネ。「僕も会社から借
りれたかもしれないのに。」とマズオ。しかし、無断欠勤を続けて
いるマズオにはこの時点で会社からの金策は不可能であった。「あ
たしも、パパから・・・」と言いかけたワガメは「なんでもない。」と
言って口をつぐんだ。しばらくの間イゾノ家の食卓には重い沈黙が
続いた。「あたし・・・」とやっとザサエが口を開いた。「自己破産を
しようと思うの。」自己破産。その言葉を聞いたみんなは一様に驚
いた様子を見せた。特にブネは自己破産という言葉に至極悪いイメ
ージを持っていた。「そんなことするんじゃありません!」とすごい
剣幕で怒りだすブネ。「そんなことしたらあんた、戸籍に傷がついて
地区の掲示板にも掲載されてみんなから後ろ指を指されるのよ!」
もちろんこれはブネが自己破産に対する勝手なイメージであり、そ
んな事実は全くないのであるが一般人の自己破産に対するイメージ
の最大公約数的な表現である。「そうよそうよ!私ももう学校に行け
ないわ!」とワガメ。「ザサエぇ〜、それだけはやめてくれよ〜。」
とマズオ。そしてまた重い沈黙が食卓を覆った。
「こうなったら・・・」とブネが口を開いた。「一家心中しかないわ。」
「ええーっ!」とみんなが驚嘆の声をあげる。「い、一家心中って、
一体どうやって?」とワガメ。「灯油を撒いて火をつけるんですか?」
とマズオ。「そんなことしたらご近所さんに迷惑がかかっちゃう!」
とワガメ。「首をつるったって、うちの庭にはそんな太い枝はないし
なぁ〜。」とマズオがのん気なことを言う。「じゃあ、一体どうする
のよ!?」と自分の非を棚にあげてザサエが興奮しまくる。「逃げよ
う・・・」とブネがポツリと言った。「それしか方法はないわ。」現実的
には自己破産が最も妥当な解決方法なのであるが、動揺と固定観念に
がんじがらめになったイゾノ家にとっては夜逃げという解決法が最
善であるという結論に落ち着いた。
「そうと決まればすぐに準備にかかるのよ!」とブネ。するとみん
な慌てて自分の部屋へ戻り着替えや現金をかばんに詰め込み始めた。
「決行は今夜よ!」とブネが大きな声で叫んだ。その言葉を背に一
心不乱に夜逃げの支度にかかるイゾノ家の姿があった。
そしてその夜、イゾノ家はもぬけの殻となった。庭にはタマとガツ
オの小屋が北風に吹かれながら並んで佇んでいた。そしてそのイゾ
ノ家の前に坊主頭の男が立っていた。その男は5分ばかりイゾノ家
を眺め、満足げにうなずきながらコートの襟を立てて、タバコに火
をつけた。そして一口深く吸い込んだ煙を吐き出すと、「さあ、行こ
うか。」と隣にいた白猫に声をかけ、冬の夜道を歩いて去っていった。
投稿者 nekoyama : 06:28 PM